暮らしの叙景第16集
変わるトイレ生活 (7)
(日本経済新聞より)

”癒しの空間”に変身


 「トイレの時間」が長くなりましたね。子供も楽しんで行くようになったし」。
 東京・府中市の天白泰子さん(36)は今年二月、自宅のトイレをリフォームした。子供が怖がった鉄格子の窓に、小鳥の絵の白いスクリーンを張った。

   ◇  ◇  ◇

 三鷹市の山田里美さん(34)も、「狭いトイレを広く使いたい」と、大きめの手すりとタオルかけを取り外し、壁紙に水色のボーダーを巻いてアクセントをつけた。小さな飾り棚をつくり夫の趣味のミニカーを四、五台置いている。

 リフォームの中身は違うが、二人に共通しているのはトイレマットとカバーを取り除きコルクの床にした点だ。「トイレ空間はシンプルに」というのがそのコンセプトで、「掃除が簡単で苦にならなくなった」と声をそろえる。
 つい十年前のバブルのころ、床がふかふかのじゅうたん、壁が豪華な大理石といったパブリーなトイレが話題になった。家庭でも便座や便器をカバーで覆い、床には色とりどりのマットを敷くなどルームアクセサリーを競ってきた。
 トイレタリー商戦とセットになった日本のトイレブームに、トイレ壁画デザイナーの松永はつ子さん(54)は「奇をてらう発想の底流には、排泄(はいせつ)という人間の行為を覆い隠そうという心理があり、トイレ本来の姿ではない」と厳しい評価を下している。
 公衆、家庭を問わず、いかにほっとできる空間かがポイントで、これが<gイレ哲学≠フ根幹だろう。人はだれでも一日に数回はトイレの世話になっており、一生のうでトイレに費やす時間は、約二百六十日(女性の場合)という試算もある。
 「日常生活と切っても切れないトイレなのに、廊下の端とか階段の下に追いやられ、その部屋もカレンダーか造花が飾られている程度で、癒(いや)しの空間とは程遠い」。トイレの快適革命≠唱える坂本菜子コンフォートスタイリング研究所代表の指摘である。
 坂本さんは「トイレセッティング」を一般家庭に広める運動を続けている。トイレを特別扱いせず、居間や食堂、寝室と同じレベルで、つまりテーブルセッティングやベッドメーキングと同じ感覚でトイレを考えよう、と呼びかける。
 例えば、床マットやトイレカバーをはずし、スリッパもおかない。生きた花を飾り、絵をかける。ざるそばのすのこや重箱に、日本手ぬぐいを添える。夏と冬によって使い分け、季節感をトイレに持ち込む−−といった具合だ。
 トイレメーカーも、便器単体からトイレの空間展開に新しい付加価値を求め始めた。「家具に便器がついている、見せる収納で空間をエンジョイする」(TOTO)という発想で、トイレキャビネットやラックに力を入れている。
 トイレから背中のタンクが消えた「タンクレストイレ」(INAX)の発想も、ゆったり落ち着けるトイレ空間の演出をねらったもので、「トイレを応接間にする」という大胆なキャッチコピーがそれを物語っている。
 厠(かわや)、雪隠(せっちん)、御不浄・・・などと呼ばれてきた日本のトイレ。長い人間の歴史と歩みを共にしてきたのに、絶えず負のイメージを背負わされてきた。そんな空間を「友人に自慢できるようになった」(天白さん)と目を輝かせる人が増えた。「トイレ生活」が変わる潮目なのかもしれない。

 日本経済新聞 2001年(平成13年)9月2日(月曜日)朝刊より転載。

コラム集 へ戻る


株式会社辻井商会 ホームページ「水と環境」→ フロント