日本経済新聞2006年9月4日(月)より
時代のフィールド欄
都市の地下水
復活作戦

「雨水浸透ます」活用

 本来は水害を防ぐために設置する「雨水浸透ます」を各住宅の敷地に埋め込み、都市化で枯れた地下水の再生にもつなげようという活動が始まった。浄化された水を流し込むことで、池や川をきれいにしようという試み。東京多摩地区や横浜で地域が共同で取り込みつつあり、専門家は「成果が出れば、水質汚染に苦しむ全国各地のモデルケースになる」と期待する。


水質改善モデルに

 2004年10月、東京武蔵野市と三鷹市にまたがる「井の頭公園」の井の頭池が一変した。普段緑色によどんだ水が突然澄みわたり底まで見える。「あんなきれいになったのは40年ぶり」と東京吉祥寺ライオンズクラブの杉山昇さん(56)。再びよどむまで約1ヶ月間。従来見えなかった沈んだ自転車30台などが引き揚げられた。
 突然の“水質浄化”の原因は直前の豪雨だった。地下水位が上昇し大量のわき水が池に流入した。公園を管理する都西部公園緑地事務所は「池周辺の住宅に埋め込まれた約1万基の雨水浸透ますが一時的に地下水を復活させた」と説明する。
 雨水浸透ますは側面に穴が空いたバケツのような形。家庭の雨どいが受けた水を、あふれさせないために、ますを通じて地中に効率よく浸透させる。雨水が舗装された地表を流れて河川がはんらんする都市型水害が相次いだのを受け、1980年代から導入する自治体が広がった。設置費用は一つ最低4万円で、設置する世帯への補助事業がある自治体もある。
 井の頭池は50年代まで豊富な水量があったが、周囲の都市化でわき水が枯渇。今は1日約3500トンの水をポンプでくみ上げている状態だ。池の変化に驚いた杉田さんは「きれいな池を取り戻したい」と公園緑地事務所に相談。ますの普及運動は今年に入り、ライオンズクラブや同事務所が中心になり本格化させた。住民の理解を得るため4月に続き9月にもシンポジウムを開催する。
 立正大学の高村弘毅教授(地下水学)は「井の頭池の取り組みがうまくいけば、汚い池や河川に悩む全国の自治体のモデルになりうるだろう」と注目する。
 ただ相手が自然なだけに、結果は簡単には出ないのも事実。
 横浜市西部を流れる和泉川。ザリガニ川魚が生息する豊かな川だったが、流域の宅地開発で水量が激減、雨が降らない日が続くと川が枯れることもある。
 「雨水を大地に浸透させれば川の水量が戻るんじゃないか」。地元の自治会長を務めていた折笠和夫さん(78)は2年前、市に雨水浸透ますの設置を要請。治水対策も兼ねて市は流域に約1年半で約600基を置いた。
 しかしまだ目立った効果はない。それでも市の担当者は「息の長い運動を続けることで、住民が川を大切に思ってくれることが何より重要」と運動の意義を強調する。
 治水などのため約20年前からますの設置を進める「先進地」の東京都小金井市は、最近ようやくわき水が復活した。長年携わる市下水道課の倉宗司さん(57)は「一度失った自然環境は簡単には取り戻せない。50年、100年かかるからこそできるだけ早く始めるべき」と訴えている。

 

 日本経済新聞 2006年(平成18年)9月4日(月曜日)朝刊より転載。


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